「アーカーシャのうた」覚書

セッションハウス企画ダンスブリッジ2019、松本大樹監修による「声と身体をテーマにした音読劇場」

 さて、何を題材に、、、と考えていた頃、部屋の本棚にある一冊の本が妙に気になり、ふと手に取った。

鯨井巖 著『一学徒兵の北部沖縄戦回想録』。

 第二次世界大戦末期、昭和十八年の学徒出陣によって徴兵され、北部沖縄戦を体験した祖父・鯨井巖が、晩年になってその体験を振り返り、封じられた記憶を掘り起こすようにして書き遺した回想録である。

 

 極力憶測を排するように、意識的に叙事的な文体で書かれていたその回想録を読みながら、私は、これまで感じたことのない戦慄を覚えずにはいられなかった。想像を絶する沖縄戦の過酷な描写も去ることながら、むしろそのあえて客観的に綴られている「行」と「行」の間、「文字」と「文字」の間から立ち現れてくる「声なき声」とでもいうような何かが、私の身体の内側にありありとしたリアリティをもって語りかけてくるのを感じたからである。

 そこに書かれている言葉以上に、語られた記憶以上に、私には、祖父が書かず、語れなかった歴史が、突如、この身の内奥に秘密を打ち明けてきたかのようで、全身を経巡っている血液の細胞が一斉に震えだした気がした。

 それは、戦後七十年以上経った現代を生きている私たちに、意志を持って何かを語りかけているようだった。

 

 

 生前、祖父と私とは、そう頻繁に話しをしたことがあったわけではなく、私が二十歳のときに、七十九歳で他界している。

 私は祖父に決して暗い印象を持ったことはなかったが、「巖」という名前の持つ厳格なイメージも相まって、私の中の祖父はどこか硬く黒いオーラを放っている。

 実は、私の親は、私が生まれるときに「鯨井 環(タマキ)」と私に名付けるはずであった。当時、両親がそのことを祖父に伝えると、祖父は無下に拒んだそうだ。私の親はその理由に釈然としなかったというが、しかし、その祖父の反対によって今のこの名になったという経緯を、私はこれまで何度か話しに聞いたことがある。

 2001年、祖父が他界し、この回想録が出版された時、初めてそこに「玉城(タマキ)」という北部沖縄戦で戦死された当番兵の名前を眼にし、それが祖父と縁深い方の名前であったことを知った。もし私の名前が「タマキ」と名付けられていたら、今、私はこのような人生を歩んではいなかっただろう。「タマキ」と「ケンタロウ」。二つの人生。祖父の沖縄での体験は、私の人生の始まりにも大きく影響を与えている。

 

 

 終戦後、語ることもままならず、形容することを拒絶しているあの北部沖縄戦の実相を、祖父は人知れずその心の底に抱きながら、日本が経済大国へと復興の道を突き進んでゆく時代に、何を想っていたのだろう。

一人のサラリーマンとして、核家族の父として、一体どんな想いで昭和から平成の世を生きたのだろう。

 日本の戦後史の中で、ぽっかりと口を空けた底知れぬ奈落のようなその記憶の暗黒は、誰にも測り知ることができないだろう。

 

 

 ・・・今回、私はこの回想録を通して、祖父の記憶と向き合いながら、舞台作品として創作するということに、正直、躊躇いがあった。「裏の沖縄戦」とも表されるあの北部沖縄での実際の出来事を作品化し、虚構化してしまうこと、客観化してしまうことへのそれは抵抗感であったが、そもそも、いかなる表現手段を持ってしても、私には到底作品化は不可能なことであると思われた。これまで、日本の戦後史においてほとんど語られてこなかった沖縄北部における戦争の実態、現在に至るまで封印されてきた沖縄戦の暗部に、祖父の回想録は触れている。しかし私は、あの戦争の悲惨さを表現し、体験者の証言を現代の世の中に伝えたいという思いから、祖父のこの回想録を舞台にしたわけではなかった。

 当初、私の中の想いとしてあったのは、沖縄戦を生き延びた祖父の封じられた記憶が、いまを生きている私たちにとっていかに深く結びついたものであり、決して無関係なことではない、ということ、そして、私の生命の血脈の時間の流れの中で、あの時から固まったままでいる記憶を、現在を生きている私たちがどのように受け止め、溶かすことができるか、という、切実な、私的な問いであった。

 

 

 この地上で一人ひとりが歩んだ固有の人生。そのかけがえのない一回性のなかで、過去から未来へと受け継がれてゆく記憶があり、命がある。

全ての人の身体の中には、親の身体があり、その親の親の身体があり、さらにその先祖の身体がある。三世代という時の流れのうちにある業(カルマ)とでも呼びうるような、身体の中の血に刻印され、経巡っている記憶。過去は、地層から発掘された化石のように死んで固まってはいない、と私は思う。過去は、身体の中では常に現在形なのだ。

 

 

 この「アーカーシャのうた~鯨井巖『一学徒兵の北部沖縄戦回想録』~」は、沖縄戦を生き延びた祖父の過去の記憶を、血縁者である鯨井謙太郒の身体と、共演者であり親族でもある野口泉、鯨井絵里加、そしてコルヴスの相方でもある定方まこと氏の語りと、堅田優衣氏率いる合唱団Noema Noesis ensambleの歌声を通して、それぞれが、それぞれの関係性の中に歴史を生命として担い、「未来に昇華されてゆく過去」というものを想いながら生まれた舞台である。

 その現場に立ち会って下さった方々、そして、今は亡き人々の御霊、私の身体の中の祖父の「声なき声」とともに。

 

 

 

 

このような貴重な機会を与えていただき、力強く支えてくださったセッションハウスに深く感謝致します。

 

 

*この文章は、「セッションハウス2019 アニュアルレポート」に寄稿したものに加筆・訂正を加えたものです。